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永森 茂

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Dreams Come True 〜プロスポーツのある街 VOL.1〜VOL.5(2009年6月1日〜29日配信)

【執筆者プロフィール】
永森 茂(ながもり しげる)
昭和30年生まれ、高岡市在住。商社勤務を経て、平成6年ITコンテンツ制作会社「メディアプロ」を設立。平成18年富山サンダーバーズベースボールクラブ社長就任。高岡野球協会事務局次長なども務めた。

Dreams Come True 〜プロスポーツのある街 VOL.1(2009年6月1日配信)

「スポーツとの関わり 〜幼少時代からBCリーグ立ち上げまで〜」
 
◆みんなが夢中だった
 幼いころスポーツといえば、「野球」。憧れのプロ野球はテレビのブラウン管を通して観るものだという意識がありました。ちょうどON時代です。熱狂して観ていたものですね。富山県でのプロ野球開催は年に1,2度だけ。ということは、家族にとって富山で開催のプロ野球は一大イベントだったのです。

 遊びももちろん野球。今の若い人にはわからないかな、“やこてんま”〔やわらかいてまり〕を略した言葉です。これを使って、空き地に落ちている棒をバット代わりにして。グローブは父親にねだってなんとか買ってもらったものです。夏休みには中学生との混成チームでの野球大会が行われ、校下別のチームで試合をし、勝ち進むと県大会へ。それが特に楽しみでした。みんなが野球に夢中になった時代でした。

◆球児の親として
 子どもが野球をすることにより、スポーツ少年団の世話することになりました。親として、子どもが取り組む野球を見守りました。スポーツ少年団では長く事務局も務め、子どもたちの野球環境についても考えていたものです。その中で分かってきたこと。それは小学校、中学校、高校と取り組む環境が整っているのに、高校卒業後、野球をやる環境が無い。その先がないということを痛感したのです。

 もちろん、クラブチームや社会人野球はありますが、せっかく硬式野球をしてきたのに、硬式野球を続けるのが難しいというのが現状です。息子の大士は、今はサンダーバーズでプレーしていますが、高校を卒業してNOMOベースボールクラブのテストを受験。合格しチームの一員として野球に励む環境を選びました。野茂といえば、NPB・近鉄、大リーグと活躍した名プレイヤーということは承知の通りでしょう。しかし、野茂は新日鉄堺でその才能が開花。野茂のチームのスローガンは「夢はあきらめるな」です。遅咲きでもチャンスを与えたい、そんな思いからでしょう。夢を追うどころか、取り組む環境が無い現実。息子・大士を通して感じたことです。

 そんな中、BCリーグ構想が持ち上がりました。ここから、富山サンダーバーズの球団社長としての仕事が始まるのです。

Dreams Come True 〜プロスポーツのある街 VOL.2(2009年6月8日配信)

◆ BCリーグ発足
 2006年リーグ発足の話が持ち上がりました。日本海ガスの新田社長から球団社長にとの話をいただいた時、正直「私でいいのか?」と思いましたが、これまでいろいろ野球のお世話をしてきた経験から、引き受けることにしました。

◆観戦できる環境を
初年度は富山、新潟、石川、信濃の4チームでスタートすることになりました。
発足の準備を進める中で、サッカーJ1リーグ「新潟アルビレックス」の試合を観戦する機会を得ました。アルビレックスのスタジアムのピッチに立ったとき、ものすごい興奮を覚えました。地方の大きなスタジアムに4万人もの人々。その時、「野球でもできるのかなあ」とポツリ。すると、リーグの関係者が「アルビレックスもここまで来るのに10年かかったんですよ」と。アルビレックスの考えは、『サッカーファン、野球ファンだけではなく、スポーツファンの獲得である』それを知った時、私たちの考えはなんて卑小なんだ、そんな考え方があるんだと考えさせられました。富山もサッカーのカターレ、バスケットボールのグラウジーズがありますが、みんなで盛り上がって、家の中でブラウン管から観るのではなく、観戦に出かけるというのが理想なんです。家族で一大イベントに出かけるのではなく、「休日にちょっと行ってくるか」と気軽に出かけることが出来る環境を作りたいと思いました。その思いが、私を動かしているのでしょう。

◆野球の出来る環境を
 『選手たちは、なぜ野球を続けるのだろう』そう考えた時、初年度コーチ兼任プレーヤーで活躍した宮地克彦(現在福岡ソフトバンク2軍コーチ補佐)さんが、それは「野球でお腹いっぱいになってないから」と話してくれました。彼は西武ライオンズを戦力外になり12球団合同トライアウトを経てホークスに入団して2年目にはパリーグベストナインに選ばれるなど「リストラの星」といわれた人気選手でした。そのホークスも解雇され、それでも野球が続けたくてサンダーバーズに選手兼任コーチとして入団しました。選手にあくまでもこだわったのは「野球でお腹いっぱいになっていないから」でした。彼の野球に取組む姿勢はサンダーバーズの選手達に多大な影響を与えました。彼が時期的にサンダーバーズの正式な退団発表ができなかったためファン感謝デーの後、別室に選手達を集め自らの口から退団を伝えたとき、選手達が号泣していた場面を思い出します。普段の厳しい練習と生活環境に耐え、NPBを目指すプライドのある選手達が男泣きに泣く姿に私も目頭が熱くなったものです。

 「お腹いっぱいになるまで野球をする」ことは野球を目指す選手達の究極の目標ではないでしょうか。「お腹いっぱいになるまで野球をさせる」こと、それは富山サンダーバーズ球団社長としての私の義務でもあると思っています。

Dreams Come True 〜プロスポーツのある街 VOL.3(2009年6月15日配信)

◆少しの自信
 緊張で迎えた初年度(2007年)の開幕戦。球場には6500人を超えるお客様が来てくださいました。注目度の高さを物語っていたと思います。その後も富山市民球場に8539人が来てくださり球場がチームカラーの緑に染まったときも鳥肌が立つほどでしたが、私が1番印象に残っているのは雨の振替で迎えた魚津での最終戦。初年度は残念ながら最後の最後で石川に優勝を奪われてしまい、消化試合だったので、お客様は300人くらいかなと思っていたら、寒い中1182人もの方が来てくださいました。この試合は草島選手の劇的なサヨナラホームランで終わったのですが、何より嬉しかったのは、お客様が私に花束を用意してくださったことです。また年配のご夫婦でしたが、「おかげでこの半年間、週末の楽しみができました」と言って喜んでくださっていました。

 このことが事業の先行きに不安を感じていた私に勇気を与えてくれました。そしてこの事業をなんとしても成功させなくてはいけないという思いをさらに強くすることになりました。

◆球場で起きるドラマ
 2年目(2008年)は見事BCリーグで優勝することができました。群馬と戦ったチャンピオンシップ。2勝してチャンピオンまであと1勝としたところで、3戦目は群馬にリードを許しました。9回まで3点のリードを許して迎えた最終回の攻撃。誰もが負けを覚悟し、明日の試合に気持ちが行きかけたでしょう。実際、球場を後にするお客様もいらっしゃいました。しかし、ドラマは9回の裏にやってきました。草島選手が2アウト、ボールカウントも2-3と追い込まれたところで劇的な同点ホームラン。土壇場で追いついた勢いで延長10回の裏、サヨナラ勝ちを収めることになったのです。スタンドでは、隣に座った見ず知らずの人同士が抱き合い、喜びを分かちあっていました。それを見て、素直にいいなあと思いました。我々が目指している「地域の人に元気を与える」ことがまさにそこにおきていたのです。球場にいるからこそ味わえる醍醐味、野球は最後まで何が起こるかわからないスポーツなのです。

◆生活の一部に
 いくつものドラマを間近で体験することにより、ファンの方の日常にきっと何かが足りなかったんだなと感じました。開幕の時にはなかった『雷鳥応援団』が出来て段々大きくまとまっていますし、今ではリーグの中でもすばらしい応援をしてくれています。またファンの方のブログを読むと、「シーズンオフはつまらない。早くシーズンが始まらないかな」と書かれていたりします。そういう意味では、少しずつ富山サンダーバーズという球団が生活の中に溶け込みつつあるのかな、そういう環境が出来つつあるのかなと感じます。これからはもっと溶け込んで、ちょっと時間があるから子どもを試合に連れていってみようかとか、カップルで出掛けてみようかとか、当たり前の存在に早くなりたいですね。

Dreams Come True 〜プロスポーツのある街 VOL.4(2009年6月22日配信)

「応援の力」
 富山には新湊高校という地元の熱烈な応援で有名な野球名門校があります。この新湊高校野球部のことで、面白い話を聞いたことがあります。私がまだ高岡野球協会にいたころですが、城光寺野球場のグラウンド整備に来ていた方がこんなことをおっしゃっいました。
「新湊高校の野球部はいいぞ。なにせベスト4まで進めば、準決勝、決勝は応援の力で勝たしてもらえるんや」

 そんなこともあるのかなと聞いていましたが、富山サンダーバーズに関わるようになり、私も応援の力というものを肌で感じるようになりました。

◆前期優勝を後押し
 現在、富山サンダーバーズは「2009年前期優勝応援キャンペーン」を展開しています。2人分の料金で3人が入場できるというものです。1人でも多くの方に応援に来てもらいたいと考えて企画しましたが、実はチームの勝利を後押しする戦略でもあるのです。

 今年、サンダーバーズのホームゲーム1試合当たりの入場者数は1392人(6月18日現在)。お客さん2人が3人になる、つまり入場者数が1.5倍になると、計算上2088人になります。今季は入場者が2000人を超えた試合が3度あって、なんと3戦全勝なんです。ちなみにBCリーグ全体でも2000人超えの試合が12試合あり、ホームチームが10勝2敗と圧倒的な戦績を残しています。

 ということで6月19日から前期終了の28日までのホームゲーム4試合をすべて2000人以上の方に応援に来てもらえれば全勝して優勝に手が届くという仕掛けです。 観客数が多い試合の勝率が高いという傾向は1年目(2007年)のシーズンからありました。応援の力がチームに活力をもたらすという事実が実際にあるのです。

Dreams Come True 〜プロスポーツのある街 VOL.5(2009年6月29日配信)

「県民球団を目指して」
 スポーツには「する」「みる」のほかに「支える」という形での関わり方があると思います。富山サンダーバーズは、試合運営でいつも協力してもらっているボランティアのサポートスタッフ、いつも熱い応援をしていただいている雷鳥応援団、そして選手に炊き出しやお弁当を作っていただいている富山サンダーバーズをお腹いっぱいにするおふくろの会の皆さんに支えられています。

◆1人のファンが支える
 それだけではありません。「サンダーバーズの試合をちょっと観に行ってこようかな」と思って来ていただいているファンの皆さんも応援の力で選手を確かに後押ししています。ご自身では意識はされていないかもしれませんが、立派に「支える」立場でスポーツに関わっておられるのです。

 一般ファンの方たちの心にも「自分たちが選手を支えているんだ」という気持ちが芽生える。その時こそ、サンダーバーズが地域に愛され、本当の県民球団になったと言えると考えています。

◆NPBでも、高校野球でもなく
 どうすれば観客を増やせるのかというのは我々の永遠のテーマです。ファンの人たちは我々の野球に何を求めているのでしょうか?また、どういう野球をすればファンの人たちに球場に足を運んでもらえるのでしょうか?

 現在、野球界にはプロからアマまでさまざまな団体があります。その中で人気を二分しているのは、なんといってもセ・パ両リーグで構成される日本プロ野球組織(NPB)と毎年春・夏に甲子園で開催される高校野球でしょう。

 NPBはその高度で華やかなプレーが売り物ですし、そういったプレーを軽々とこなすスタープレーヤーがその人気を支えています。また、高校野球は3年間という限られた時間の中で、負ければ終わりの戦いを郷土の誇りと期待をもかけて甲子園という聖地で戦うというシチュエーションが人気を高めていると思います。

 では、独立リーグはどうでしょう。NPBよりも技術的には劣ります。また、高校野球とは違って地域が限られ、リーグ戦という長丁場で戦っています。我々の野球は何を目指せばよいのでしょうか? 次回考えてみたいと思います。

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