
スポーツとは VOL.1〜VOL.5(2009年6月1日〜29日配信)
【執筆者プロフィール】
冨山 浩三(とみやま こうぞう)
大阪体育大学教授。
専門教科は、地域スポーツのマネジメント、スポーツクラブのマネジメント、公共スポーツ施設の指定管理者制度など。
「スポーツとは」
メインテーマでもある「スポーツとは」といったところから話を進めましょう。スポーツ「sports」の語源はラテン語の「dis+porter」で、もともとは「何かを別の所へ持って行く」という意味です。それが転じて「(日常の煩わしさから)気持ちをそらす」、「気晴らしをする」と言った意味になっていきました。私たちが、勝利を目指して必死で努力すると考えがちなスポーツの語源をたどっていくと、意外にも「気晴らし」といった意味にたどり着くのです。ドイツやフランスをはじめとするヨーロッパでは、日常生活にスポーツが文化として根付いていると言われますが、スポーツが日常のストレスから解放されてリフレッシュする手段になっているのです。
■「体育課」から「スポーツ振興課」へ
「スポーツ」「体育」「運動」など、私たちが体を動かすことについてはいろいろな呼び方があります。それぞれの言葉の意味を考えてみると、「スポーツ」といえば、オリンピックや国民体育大会で実施されているような種目ごとの活動を指し、「体育」とはそれを教育の手段として学校で実施する教科の名前、そして「運動」といえば、人が体を動かせばそれが運動になります。
最近ではこの違いを意識して、きちんと言葉を使い分けるようになってきました。以前は、大人の私たちが地域でスポーツをすることを「社会体育」と呼んでいましたが、今では「生涯スポーツ」と言うになってきました。行政の部局名でも、「体育課」から「スポーツ振興課」に変更されるといった具合です。
■スポーツか、体育か
“sports”を「スポーツ」ととらえると、する楽しみ、見る楽しみ、気分転換のような意味合いが強くなります。「体育」ととらえると、教育的な視点で、チームワークや勝敗へのプロセスを重視する度合いが強くなりますし、「運動」だと、健康づくりのニュアンスが強くなります。あなたにとって“sports”は、スポーツですか、体育ですか、それとも運動ですか?
「日本人とスポーツ」
今回は、私たち日本人とスポーツについて考えてみましょう。日本には古くから剣道や相撲などの武道が存在していました。そんな我が国に、オリンピックの種目になっているような、いわゆる近代スポーツが入ってきたのが明治時代です。開国によって来日するようになった多くの外国人によって近代スポーツが持ち込まれたのです。
■富国強兵の時代
前回にお話したように、スポーツとはそもそも気晴らしのあそびでした。しかし、それが日本に伝わってきた明治期は、スポーツをあそびとして取り入れるようなゆとりのある時代ではなかったのです。江戸時代の鎖国によって近代化に後れをとった日本は、国として「殖産興業」「富国強兵」をスローガンに掲げ、産業の振興と軍の強化に努めるようになります。そんな時代の中でスポーツの持つ教育効果が注目されるようになり、スポーツが学校教育に取り入れられていきました。
■日本的なスポーツ観
スポーツが学校教育に取り入れられた史実は、私たちとスポーツとの関係に非常に大きな影響を与えました。私たちがスポーツに対して持っている「ガンバリズム」と言われるような考え方、「努力」「根性」などを尊ぶ価値観はすべて、スポーツが教育の手段として学校体育に取り入れられていったことに関わっています。
日本人のスポーツ観は、近代スポーツが輸入される以前から存在した武士道にも大きな影響を受けています。作家ロバート・ホワイティングは著書「菊とバット」で野球とベースボールの違いを、武士道に絡めて説明しています。
私たちは「スポーツ」=「体育」=「教育」という価値観を少なからず持っています。日本のスポーツは教育と深く関わることで今日の位置を築いてきました。これは、子どもたちのスポーツ環境を考える上では重要なことです。しかし、大人がスポーツを楽しむ環境を作るにあたっては、我々のスポーツ観を考え直してみることも必要ではないでしょうか。
「スポーツを楽しむ」(1)
夢中になる仕組みとは
最近何かに夢中になったことはありますか?このメールマガジンに登録されている皆さんですから、もちろんスポーツに夢中になっておられることと思います。この夢中になる仕組みを、アメリカの心理学者・チクセントミハイが明らかにしました。そこには、「チャレンジのレベル」と「持っている技術のレベル」が関係しているというのです。
■“フロー”になると夢中になる
誰でもスポーツを始めたころは持っている技術レベルも低いので、練習などのチャレンジも低いレベルから始めます。技術が少しずつ上がるにつれて課題も難しくしていきます。自分の技術に対して、少し高いレベルの課題にチャレンジしている時、私たちは時間を忘れて夢中になってしまうのです。
技術レベルが上がっているのに、チャレンジレベルの低い練習ばかりでは退屈してしまいますし、いきなり難しいことに挑戦しようとすると、不安を感じてうまくいきません。この、技術レベルとチャレンジレベルが釣り合った状態を「フロー」と呼びます。これは、チクセントミハイが調査をした際、多くの人が、何かに夢中になっている時には「大きな流れに乗って流れているような感じ(フローとは流れという意味)」と回答したからです。
■遊びだからこそ
スポーツをする時や練習する時、あるいはスポーツを指導する時、これから挑戦しようとするレベルをうまくコントロールして少し難しいけれども達成できそうな課題を設定することが出来れば、「フロー」を体験することができて活動に夢中になります。
スポーツでフローを感じるのは、スポーツには技術がつきものだから、そしてスポーツがいわゆる遊びで、仕事ではないからです。仕事ではいくら挑戦のレベルと自分のレベルのバランスがとれていても、給料をもらうことによって「ご褒美(給料)をもらうための活動」(外発的に動機づけられた活動)になってしまい、フローを感じることが妨げられるのです。
「スポーツを楽しむ」(2)
諸外国のスポーツ振興
スポーツは、みなさんにとってどのくらい重要な活動ですか?「3度のメシよりスポーツが好き」という人もおられると思います。「ヨーロッパでは、スポーツの文化的な価値が非常に高い」とよく言われます。これは、ヨーロッパの人々がスポーツを「3度のメシ」と同じように生活になくてはならない重要なものと捉えているからです。
■すべての人にスポーツを
ヨーロッパでは1970年代に「スポーツ・フォー・オール」運動が起こりました。その原点は、ドイツが1952年に始めた「第2の道」、1960年から実施した「ゴールデンプラン」にあるとされます。ドイツでは、国際大会で活躍するエリート選手を「第1の道」とすると、一般市民の運動やスポーツを「第2の道」として、すべての国民がスポーツをする機会を得ることを目標に掲げました。そしてスポーツ施設の確保と充実に取り組みました。この政策の流れがヨーロッパ各国に広がってスポーツ・フォー・オール運動に発展し、世界各国へと拡大していきました。
■生活を充実させるために
私たちはスポーツをする理由として、「健康のため」とか「シェイプアップのため」とか、何かのためにスポーツをすると考えがちです。しかし、1975年に採択された「ヨーロッパ・スポーツ・フォー・オール憲章」は「スポーツは基本的人権の一つ」と謳っています。つまり、何かのためにスポーツをするのではなく、スポーツのある生活が当然のものであり、それを実現することで生活の質(QOL)を高めることを狙いとしているのです。
スポーツをすることが空気のように当たり前になり、生活そのものの中に位置付いている。スポーツが何かのためではなく、自分自身にとってなくてはならない重要な存在になる。そんな社会になれば、例えば道路も、自動車のためだけではなく、市民がジョギングをしやすいように整備されるようになるでしょう。スポーツ施設の数や機能も変わってくるのではないでしょうか。
「スポーツを楽しむ」(3)
クラブという活動環境
皆さんはどんなメンバーでスポーツをしていますか?
気の合うお友達とウオーキングをしている方や、仲間でチームを作ってバレーボールをしている方もおられると思います。最近では、スポーツの「クラブ」があらためて注目されています。クラブというと、中学や高校の部活動をイメージしがちですが、ここでいうクラブとは、部活動のクラブとは異なります。
■クラブとチームはどう違う?
チームとクラブの違いを考えてみましょう。チームとは監督やコーチ、選手がいる基本的でシンプルな組織であり、試合をするための最小単位です。
それに対してクラブでは、たとえば地域のクラブであれば監督やコーチ、選手としての子供たちと保護者、自分たちとは違う種目を楽しんでいる人々など、さまざまな人が同じ組織に所属して活動します。そんな人々の集まりがクラブといえます。クラブの中にチームがある、そんなイメージです。
スポーツは、技術を高めて試合に勝つことを目標にするのが基本ですが、さまざまな立場の人たちが集まるクラブでは、スポーツに参加する=挑む・戦う・楽しむ・観戦する・応援する・教える・手伝う=だけではなく、スポーツで交流する=食べる・飲む・話す・体験する・伝える=などスポーツとのさまざまな関わり方があります。
この多様な関わりを「クラブライフ」と呼びます。クラブを通じた豊かなスポーツライフは単にスポーツをするだけではなく、生活の中にスポーツをとり入れ、質の高い人生を送ろうとする生き方そのものといえます。
■スポーツクラブが地域を変える
近年、文部科学省によって総合型地域スポーツクラブの設立、育成が進められています。これはスポーツへの多様な関わりを通して、人と人とのコミュニケーションを活発化し、地域全体を活性化しようとする試みであるといえます。豊かなクラブライフは、そこに住む人々を変え、人々の関わりを変え、地域の風景を変えてくれる、そんな力を持っていると思います。
この事業はスポーツ振興くじの
助成を受けて実施しています